第3回
パイロット、そして女性整備士。
ANAは女性活躍の教科書を作ってきた
全日本空輸(東京・港区)
全日空、あるいはANAというブランドネームのもと、全日本空輸株式会社には女性活躍の華やかな企業イメージが定着しています。その一方で、実は365日24時間、安全で快適な運航を実現するために、プロ意識に徹した女性たちがタフな業務に取り組んでいる職場でもあります。女性活躍が注目される以前から、女性の高い能力を活かしてきた歴史は、女性活躍の教科書といっていいかもしれません。時代の流れや社会の移り変わりとともに、女性活躍のあり方を先駆け、独自の施策を実践してきたその歩みについて、人財戦略室 人事部 ダイバーシティ&インクル―ジョン推進室の室長、宇佐美香苗さんに聞きました。
宇佐美香苗さん。客室乗務員を経験し、客室乗務員のマニュアルを作成する部署やオペレーションを司る部門などでの業務を担当、I Padの導入などにも携わり、2015年に人事部の現職に就任。女性活躍推進に取り組んでいる。
「2007年、当時も多くの女性が活躍していましたが、結婚や出産を機に退職する方も少なくありませんでした。なぜなのか、分析と対策を進めようと、ダイバーシティ&インクル―ジョン推進室の前身となる『いきいき推進室』が設置されました」。ANAでは、すでに2013年頃からダイバーシティ・マネジメントを経営戦略のひとつとして掲げ、女性活躍推進を加速する方向に大きく舵が切られていた。「2014年度には、1995年から約20年間、契約社員として採用していた客室乗務員全員を長期社員に切り替えるという画期的な経営判断も行われました」。
「また、ANAには女性パイロット、女性整備士がいます。男性の現場と思われていた、そうした職種・職場にも更に女性が活躍できるよう積極的に門戸を広げています」。
これら一連の動きは、女性社員の意識や働きがいを高め、退職者の減少にもつながり、ひいてはグループ全体の品質向上に寄与する成果をもたらしている。
現在、ANAの男女別人員構成は女性55%、男性45%。女性社員の職種内訳で見ると、客室乗務職が78.1%と圧倒的に多く、次いで特定地上職が15.8%と、国際線の路線拡充に伴い、第一線で活躍する女性社員が9割以上を占める。運航の現場で働く女性社員は、客室乗務員を中心に超シフト勤務となる。その業務特性に応じたさまざまな支援策を通じ、働きやすい職場環境や勤務体制が整備されている。育児に関連した制度に限っても、一日の勤務時間が選択できる短時間勤務制度、勤務日数を減らせる短日数勤務制度、月3日の育児休暇が得られる育児日などがあり、各種の休職・休暇などを含め、仕事と育児が両立できる制度が充実している。加えて、復職セミナーや退職者再雇用制度、配偶者の転勤に伴う休職や異動の制度、エリア型総合職制度や在宅勤務制度なども用意され、就業継続の促進にも幅広い対策が講じられている。
より一層の女性活躍を経営課題ととらえ、2020年度までの数値目標として、女性役員2名以上、女性管理職比率15%、総合職事務・客室乗務職掌における女性管理職比率30%を掲げた。女性役員は2015年4月までに4名を登用して目標を達成、以下は10.9%、20.6%と順調な推移を示している。女性活躍のすべての取り組みに対し、近年、社外からの評価も高く、2016年だけでもANAはたくさんの賞に次々と選ばれている。
「航空会社として初の『女性活躍パワーアップ大賞』(公益財団法人 日本生産性本部主催)の優秀賞を受賞。女性活躍推進に優れた上場企業を選定する『なでしこ銘柄』(経済産業省・東京証券取引所)には2014年以来2度目の選出となり、ダイバーシティ経営により価値向上を果たした企業を表彰する『新・ダイバーシティ経営企業100選』(経済産業大臣表彰)にも航空会社初で選ばれました」。これらの賞は女性の活躍度合いを見るだけでなく、経営指標もリサーチされ、女性の活躍によって業績や利益も上がっている点も重視される。
「女性活躍推進を活動と成果の両面から社内外に評価されるのは大変光栄なこと。評価に感謝し、さらに頑張るというシナジー効果が生まれています」。
「約40年の乗務で、30,000時間のフライトを達成した客室乗務員がいます。単純計算しますと3年半ずっと空の上にいたことになり、客室乗務の経験もある私からしてもすごい!のひとことです。報道もされましたし、社長表彰もされました。その後に続くであろう女性社員も何人か控えています」。
ロンドン発羽田着便のウラル山脈上空で30,000時間を達成。到着後はクルー全員が花道を作って祝福し、オフィスではサプライズのお祝いセレモニーが盛大に催されたという。
女性活躍を支援するさまざまな制度と両輪で、女性の意識や能力を高め、大切な「人財」として育成する、さまざまな教育・研修もANAグループの強みといえるだろう。
「自主自立、学びたい人が学びたいときに、というのがANAの教育・研修です。『オープンセミナー』は上期だけで50以上用意されています。グループ全体で女性の管理職が300名以上いますので、会社、部署部門を超えてネットワークを広げる『女性管理職ネットワーク』、自身のキャリアをどう設計していくかを考える『女性キャリアデザイン研修』、管理職をめざす中堅層の女性社員を対象にした『Women’s Business Course』、将来のANAグループを牽引する『女性選抜研修』、『メンター制度』など、さまざまなプログラムが揃っています」。
ANAの女性活躍を書き連ねると、女性に偏った企業とも受け取れる。
「男性社員からひがみは出ないのか、男性活躍推進部も必要ではないかなどとよく尋ねられます(笑)。女性社員に特化した情報を開示すると、そのような印象を受けるかもしれませんが、基本的な理念は男女同一です。例えば、一日中、ダイバーシティを考える『ANAグループD&Iフォーラム』や『ダイバーシティ講演会』、上司と部下がペアで参加する『イクボスセミナー』など、性別を問わず、社員全体の意識・風土改革を図るイベントも数多くあります」。
日常的な職場コミュニケーション・ツールとして、ANAグループではオリジナルの「Good Job Card」を活用している。
「互いの仕事のいい部分を見つけたら、それを専用のカードに記入して、一枚を本人に、もう一枚の複写が人事部に届くシステムです。想いを言葉にして仲間を尊重し合うことで、それぞれの仕事に自信と誇りがもてる風土づくりとして始めました。月間数千件の中から共有すべき事例がれば、社内報などで紹介しています。いただいた人は3ポイント、贈った人には1ポイントがカウントされ、それが貯まると、ブロンズ、プラチナ、ゴールドのバッチが授与されます。貯まった全ポイント分は1ポイント1円に換算され、赤十字に寄付し、そこでイベントを開いたりしています」。
全社員間で想いを伝え合う、一人ひとりの行動をいい方向へと変えていく。そこにはANAブランドの根底にあるグループ・カルチャーが垣間見える。
全日本空輸株式会社 人財戦略室人事部
ダイバーシティ&インクル―ジョン推進室
室長 宇佐美香苗
※取材ご希望がありましたらご遠慮なくお寄せください。
(Report 児玉元秀)
Copyright©はたらく未来研究所 All Rights Reserved.