第8回
「女性活躍」は男性の問題でもある。
そこでイクボス予備軍に呼びかけた
清水建設(東京・中央区)
「子どもたちに誇れる仕事を。」というコーポレートメッセージで自らに問いかける清水建設。子どもたちの、純粋で、厳しい目を裏切らないマネジメント、プロとしての仕事をしていこうという姿勢を表現したものです。この言葉を、女性の活躍という視点から見るとどうなのでしょうか。シリーズ第8回に登場いただいたのは同社のダイバーシティ推進室、4代目の室長として活躍する西岡真帆さんです。初めての土木建設業界。男性中心の業界の中で、しかも技術畑出身の西岡さんが、女性が活躍するヒントを解き明かします。
就職氷河期時代に突入した1995年に、清水建設株式会社に入社した西岡さん。大学院で土木工学を専攻していたことから、最初の仕事は土木現場の監督だった。初めて現場を経験したとき、現場の職人さんたちから浴びせられたのは、「なんで女が、ここにいるんだ!」という、驚きの声というよりも冷ややかな反応だった。それからは現場監督という立場で職人さんに指示を出しても、「女のいうことなんて聞いていられない」という態度をとられ、苦しい毎日を送っていた。
「本当にショックでした。工学部出身なので学生時代から男性の多い環境には慣れていましたが、そこではみんな親切にしてくれて、どちらかというと男性の方から近づいてきてくれました。しかし、会社に入るとそうはいかないのだと思い知らされましたね」と当時を振り返る。
相手から歩み寄ってくるのを待っていては、この業界ではやっていけないと思った西岡さんは自分を変えようと努力するようになった。
「休憩時間には缶コーヒーをもって職人さんたちに話しかけるようにしました。父親がダムの施工に携わっていたことなどを話したりして、親近感をもってもらうようにしたんです。それから先輩である職人さんたちに教えてもらう姿勢を貫きました。半年ほど経ったら関係が変わったのが分かりました。元請け業社(者)と協力業社(者)という関係から、一つのモノをつくる”仲間”に変わってきたのです。それからはどんどん現場が好きになっていきました」。
入社して3年半の西岡さんに転機が訪れる。ローテーションで技術部門に異動したのだ。
「当然ながら技術が求められるようになりました。遅れをとらないよう懸命に勉強しました。そんな毎日の中である時、わかったんです。当たり前のようですが、技術を磨けば磨くほど、社内から一目置かれる存在になれるということなんですね」
異動間もないときには、ここでも「女がやってきた」と言われたものだが、技術を高めることで「このことは西岡に聞け」とまで言われるように変わった。高い専門性をもつことの大切さを知った。
そんな西岡さんに、またまた苦難が立ちはだかった。ある現場調査の責任者として赴いた時、またしても施主から「なんで女がいるんだ!」と一喝されたのだ。ほかでもない、顧客からの意外な言葉にショックを受けた西岡さんのもとに一本の電話が入った。その話を伝え聞いた技術本部のトップからだった。「もう現場にいたくなかったら本社に戻ってもいい。現場で仕事を続けたかったら、自分にしかできない仕事を見つけてそれをすればいい」という。
「自分のこれからを縛らないで選択させてくれたことも嬉しかったですが、それ以上に嬉しかったのは見守ってくれている人がいるということでした」
自分もいつか、こんな上司になろうと思ったと思いながら、西岡さんは現場に残る道を選んだ。
2014年5月、入社20年目にして西岡さんは経営企画部に異動することになった。
「この職場の経験をひと言でいうと、『視野が広がった』ということです。書類やレポートなど文章を書くことが多かったため、文章を書くのが苦手の私は苦戦を強いられることも多かったのですが(笑)、経営に近いところでの仕事でしたから会社がどうやって動いているのかを知ることができたのは大きな財産となりました。改めて、大きな会社なんだと実感しましたね」。
異動した翌年、西岡さんはダイバーシティ推進室の室長になった。
「清水建設でのダイバーシティの取組みは2009年から始まっていました。これまでは人事部の副部長が室長を兼任していましたが、私は初めての専任の室長です。技術職出身というのも私が初めてでした」。
ダイバーシティ推進室の室長になったきっかけは、経営企画室に異動する前の2013年にあったのではないかと西岡さんは振り返る。
当時の社長(現会長)が女性社員300人を対象とした「女性活躍推進フォーラム」を開催した。そこで発信されたトップからのメッセージは、女性たちに新しい清水建設を想像させた。「チャンスは男性と同じように差し上げる。ぜひ自分のできる仕事を見つけ、チャレンジしていただきたい」。そのあと5名の女性の先輩社員によるパネルディスカッションが行われ、西岡さんもその一人だった。
「40代になると、後に続く若手のために、何でも教えてあげたいと思って話をしたのを記憶しています。それを聞いていた上層部が、チャンスを与えてくれたのだと思います」。
ダイバーシティ推進室長になった西岡さんには考えていたことがあった。女性活躍というと、これまでは女性たちに頑張れと応援する姿勢が目立った。これではいけない。
「女性だけの問題として取り組んでいたのではいつまでたっても変わりません。それでは男性たちが自分は関係ないと傍観者になってしまう。性別などに関係なく、誰しも多かれ少なかれ働くうえで特有の問題や事情をかかえているわけですから、女性に限定した枠や冠を外すべきだと思いました」
女性だ、男性だという性別で区切るのではなく、すべての社員たちが働きやすい環境を整えようということだった。そこで男性が圧倒的な管理職層に働きかけることにした。
「参加した男性管理職たちは女性が働きやすい職場、いや誰もが働きやすい職場のあり方について一生懸命考えてくれました。これまでの考え方、やり方が今の時代に合っていないと気持ちを切り替えてくれたんですね」
西岡さんの新しい仕事はスタートを切ったばかり。やることは一杯ある。すぐに取り組みたいのは、男性の育児休業の取得をスピード化することだ。
建設業界はまだまだ男性中心の社会といえる。だからこそ清水建設がパイオニアとして、女性ばかりでなくすべての従業員が活躍できる働き方を実現していきたいと、西岡さんは考えている。
清水建設株式会社
人事部ダイバーシティ推進室 室長
西岡 真帆(にしおか まほ)氏
(Report 髙谷麻夕)
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