第7回
10分単位のこま切れテレワークが
みんなの働き方を変えた
サントリー(東京・港区)
ワークライフバランスの実現に寄与するとして総務省が推奨してきたテレワーク。サントリーでも2007年から取り入れ、積極的な活用を進めてきました。現在、テレワークの利用者は3,500人を超え、全社員の55%、非製造部門の利用に至っては7割を超えています。妊娠・出産・育児休業から復職後のケアにいたるまで手厚い支援体制を整え、育児中の女性がキャリアを中断することなく働ける環境を整備してきました。そのようなサントリーの女性活躍推進への取り組みについて、サントリーホールディングス株式会社 人事本部 ダイバーシティ推進室室長、弥富洋子さんに聞きました。
現在、サントリーの管理職における女性比率は8.1%。これを2025年には20%まで引き上げることを目標に掲げている。従業員に占める女性の比率がおよそ21%という状況下での目標設定としてはなかなかのチャレンジングな数字だ。
サントリーには、生え抜きの女性執行役員が3名いる。これはサントリーが早くから女性にとって活躍しやすい環境を備えていたことの証しだ。なぜなら、長年にわたって数多くの女性社員に成長の機会と活躍の場を与え続けなければ、生え抜きの女性執行役員も誕生していなかったからだ。
2010年、サントリーはこれまで以上に大きくダイバーシティ推進に向けて舵を切った。国内外のグループ企業のトップとマネージャーが集う総合会議において「働き方改革」の実施が宣言され、翌年には専任組織として「ダイバーシティ推進室」が設置された。
「子どもの急な病気のとき、保育園では預かってもらえず困るんです。そこで、ベビーシッターを利用できる制度の導入を提言しました。」
そう語るのは、現在ダイバーシティ推進室室長を務める弥富洋子さん。ご自身も子育てをしながらキャリアを重ねてきた一人だ。これまで研究職・企画職などに従事しながら、結婚・出産というライフイベントを経験してきた。そして時期を同じくして社内でワークライフバランスや育児支援プロジェクトにも関わることになる。当時、小さなわが子を保育園に預けながら働き、当事者目線で様々な提言をしてきたことが、現在の制度の土台となっているのだ。
「2010年に行われた総合会議での宣言のあと、私たちはまずグループ各社と各部門の課題を抽出するため、各社各部門のトップにヒアリングを行いました。次に、現場が何を考えているのかを把握しボトムから変革していくために、3つの『小集団活動』による課題抽出を進めました。トップとボトムの両面から課題を把握し、それを施策に落とし込んで実行しています。」
サントリーは妊娠期から育児中までのサポート体制が充実している。 まさにかゆいところに手が届く、当事者目線でのさまざまな支援の手が行き届いているのだ。
まず妊娠が分かると「Welcome Baby Support Book」の配布とともに、「産休前ガイダンス」を受講してもらい、紙面とフェイストゥフェイスの両方で情報提供とともに復職後も活躍してもらうための意識付けを行う。その後、産休・育児休業に入ると、月1回ダイバーシティ推進室からのメルマガが届く。休業中にイントラネットや公式ホームページなどを見るだけではどうしても会社との距離感が生まれてしまう。それを解消し、より現場に近い生の情報に触れてもらうことが狙いだ。復職後は、急な子供の病気や出張などの場合にベビーシッターを月30時間までファミリーサポート並みの料金で利用できる。
また、子供が保育園へ入所できず待機児童となってしまった場合にもすぐに職場復帰できるよう「つなぎベビーシッターサービス」を準備した。これは復職から7か月以内の一定期間、ベビーシッターを低料金でフルタイム利用できるものだ。保育園に入れないために母親が仕事を辞めざるを得ないという「待機児童問題」が社会問題になっている今日、このような支援制度は働く女性にとってありがたいだけでなく、企業にとっても優秀な人材を手放さないための有効な施策といえるだろう。
その後も、職場復帰から半年を経過した時点での、育児中のキャリアアップに重点を置いた「フォローアップセミナー」や、復職者の上司を対象としたガイダンスも実施する。このように育児と仕事を両立する女性がつまずきやすいポイントをしっかりとおさえた、きめ細やかなフォローが行われているのだ。
サントリーの取り組みで特徴的なのはテレワークだ。前述のようにテレワークの利用率は非生産部門では7割を超えている。なぜそれほどまでにテレワークが社内に浸透したのだろうか。
実は2008年に、「育児介護などの事由は一切問わずテレワークを利用可能」という制度は整えたものの、当時の利用者はごく少数だった。そこで2010年の9部署でのトライアル実施を経て、全てのマネージャーに1日テレワークを経験してもらった。このようにしてマネージャー自身がその良さを実感したことにより、現場にテレワークが一気に浸透していった。
サントリーでテレワークがこれほど浸透した理由がもうひとつある。それは10分単位でのこま切れ利用を可能にしたことだ。
「テレワークは事情のある人が利用するもの」という認識はもはや社内にはない。たとえば、お客様に訪問するアポイントが午前11時という場合、アポイント前に会社に出勤しても仕事ができるのはせいぜい30分程度というケースがある。そのようなとき、朝10時まで自宅でテレワークを利用し、そこから直接お客様先へ向かうという使い方ができるのだ。これなら移動に余計な時間を費やすことがなく、時間を有効活用できる。そのほかにも、自宅で朝5時から1時間だけテレワークを実施してから出勤する、あるいは早めに退社して子供を寝かしつけたあと22時まで自宅で仕事の続きをするなど、利用のしかたはさまざまだ。各人のワークライフバランスの推進だけではなく、業務上の時間ロスを減らすことができるという点が、多くの人にテレワークが利用されている理由だろう。これなら育児や介護を担う女性も気兼ねなく利用することができる。
女性がライフイベントと仕事を両立できるよう、制度と意識の両面から充実したサポート体制を築いてきたサントリーだが、今後はライフイベントを経た女性が「働き続ける」だけでなく、よりいっそう活躍できるようにサポートしていきたいという。
ご自身も育児とキャリアを両立してきた弥富さんは、女性活躍推進、とりわけ育児中の社員のマネジメントについてこう語る。
「出産前の女性には仕事での成功体験を積んでもらいたい。そうすれば出産後に『仕事は面白い、早く会社に戻りたい』と思ってもらうことができます。」
「育児中の女性はどうしても仕事に対して遠慮しがちです。そして上司や周囲の人も『育児中だからこのプロジェクトを任せるのは無理』など、日々のマネジメントの場面でほんのちょっとした過剰な配慮をしがちです。そこをどう変えていくかが今後の課題です。育児中と言っても、置かれている環境はひとりひとり違います。だから子育て中の社員を一律に見るのではなく、各人の子育て環境やご本人の気持ちをしっかりと確認し、適切にマネジメントしていくことが必要です。そうすればご本人も仕事に対して意欲的に取り組めるようになります。」
そして育児中の女性にはこんな言葉を贈りたいという。
「育児中はネガティブになりがち。でもご自分のキャリアをあきらめる必要はありません。あっという間に数年経ち、子供は成長してしまいます。その変化を楽しみながらご自分のキャリアもしっかり積んで、日々前向きに過ごしてほしいですね。」
女性の多くが直面する出産・育児というイベント。国内女性就業者数のM字カーブ(出産育児で低下した労働力人口が、育児が落ち着くと再び上昇する)と言われるように、日本全体でみればこの時期に仕事を離れ、あるいは働いていても仕事に対するエンジンを緩めてしまう女性はまだまだ多い。そのような状況に対して、サントリーはひとつの示唆をあたえてくれる。
ライフイベントの時期に応じた細やかなサポート体制を敷くことで、長期的なキャリア形成を可能にし、それが女性の活躍を後押ししている。
サントリーホールディングス株式会社
人事本部 ダイバーシティ推進室
室長 弥富 洋子
(Report 大橋智子)
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