先進的な自動車技術、システム・製品を提供する、グローバルな自動車部品メーカー、株式会社デンソー。ディーゼルエンジンの性能を飛躍的に向上させた「コモンレールシステム」や、夜間に歩行者を検知する「ナイトビュー」など、世界初の製品をいくつも生み出してきました。このように革新的な技術や製品で社会に数々のイノベーションを起こし続けてきた同社が、新たなカテゴリーで手掛けたのが、藻がつくり出すオイルに着目したハンドクリーム「moina(モイーナ)」。チャレンジ精神旺盛な女性たちが集結して取り組んだ本プロジェクトのサクセスストーリーと社内にもたらしたイノベーション、そしてこれからの挑戦について、本プロジェクトのリーダーである新事業推進部新事業開発室の池部久美代さんとチームメンバーである河合理恵子さん、黒木由香さんの3名に伺いました。
ドリームプロジェクトのリーダー池部久美代さん(左)とメンバーの河合理恵子さん(中央)、黒木由香さん(左)。3人とも、株式会社デンソー新事業推進部に所属する。
女性6名で“化粧品のブランディング”という未知の領域に挑む
2015年10月、千葉県幕張メッセで開催中のアジア最大級の規模を誇るIT 技術とエレクトロニクスの国際展示会「CEATEC JAPAN 2015」。自動車部品が並んでいるというのが定石だったデンソーブースには、これまでの同社のイメージを覆す新事業8分野の製品がずらりと並んでいた。2009年のリーマンショックを経て、2011年から主力事業の自動車分野の技術を元に他分野へと展開の裾野を広げつつあった同社の成果である。産業機器や生活関連機器を含む新事業分野の製品の中で、異彩を放っていたのが、バイオ分野のハンドクリーム「moina(モイーナ)」。まさに、「デンソーからのサプライズ!」を象徴するシーンとなった。(参考:日経テクノロジー)
自動車部品メーカーとして知られるデンソーが、なぜ消費者向け商品であるハンドクリームの開発に乗り出したのか。そのきっかけは、同社が2008年から地球環境保護を目的に進めてきたCO2削減のためのバイオ燃料の研究にあった。
藻から抽出したピュアオイルの保湿力に注目したハンドクリーム「moina(モイーナ)」。スクワランと類似した化学構造と保湿力をもち、肌にうるおいを与え、しっとりとした肌に整える。
「藻が生成するオイルで自動車用バイオ燃料を作る研究に取り組んでいたときに、その副産物として誕生したのがこのハンドクリーム。藻から抽出した天然オイルが、高級保湿剤であるスクワランと同等の保湿力を持つことがわかり、これを化粧品に応用したいと考えたのが当時新事業推進部の担当部長であった研究者の渥美欣也です。BtoB 企業であるデンソーがなぜ化粧品をやらなければならないのかなど、反対意見も多い中、渥美は孤軍奮闘していましたが、彼の熱意と藻の可能性に心を揺さぶられた私は、女性ならではの視点を活かすことで新しい価値を創造できるのではないかと考えました。そこで、上司に相談、承認を得て、女性によるプロジェクト『ドリームプロジェクト(通称ドリプロ)』を立ち上げました」(池部さん)。
池部さんが女性社員に声を掛けたところ、世代も嗜好も背景も異なる美容感度の高いメンバー6名が集結。2012年12月、夢を実現するための「ドリームプロジェクト」が誕生した。
「デンソーからのサプライズ!」をコンセプトに、ドリプロが始動
「藻から化粧品ができるなんてサプライズだね」という渥美担当部長の言葉にヒントを得て、「サプライズを発信する」という想いが、moinaのブランドコンセプトの核になった。
ブランドコンセプトを創りこむ際に、まずはマインドマップを使って「藻」のイメージを可視化。「自然」、「可能性」、「神秘的」などのキーワードを抽出し、コンセプトの方向性を決定した。
コンセプトから生み出される商品イメージ。そのイメージを創り上げる重大な要素である「容器デザイン」と「香り」は、ドリプロメンバーにとって決して妥協できないものだった。しかし、ふたにチャームやラインストーンをあしらい女性の好みを具現化した容器デザインは、男性上司には理解されず、思いがけずダメ出しを食らうことに。
「女性は感覚、男性はロジックで物事をとらえる生き物。感覚的に理解してといっても男性には受け入れ難いことのようでした。そこで、これは藻のコロニーからオイルが出ているところを表現したものであること、お客様へのサプライズコミュニケーションであることなど、男性が理解しやすいロジックを使って説明しました。その結果、男性上司も納得。少しの迷いもなかったわけではありませんが、自分たちの感性を信じてこのデザインに賭けてみることにしました」。 (池部さん)
“化粧品のブランディング”という分野では、全員まったくの素人。容器デザインがクリアすれば、そこにはまた別の難題が待ち受けていた。ネーミングの候補を挙げれば、すでに商標登録をされているものばかり。能書をつくれば、表現が薬事法に抵触しているとの指摘が出る。
知識と経験不足ゆえに苦戦は続く。しかし、社内ネットワークをフル活用し、社外の講習会や展示会にも足を延ばすなどして、時間をかけて一つひとつ、着実に課題をクリアしていった。
最終試作品の完成後に、社内外の女性2,000人に行ったモニターテストの結果は良好。その後、上層部より「社内使用ベスト3の他社製品と目隠しテストをして比較し、それより結果が良くなければ販売してはならない」という難問が付きつけられる。しかし、結果はまさにサプライズ!「のび」「浸透力」ではmoinaがダントツ、総合評価でも55%が「最も良い」という評価となった。
女性ならではの視点を活かした、デンソー初の“コトづくり”に挑戦
化粧品メーカーとしての実績もなければ、ネームバリューもない。当然、広告宣伝や販売促進に掛ける費用もない。ないない尽くしの環境で、次に与えられた課題は「半年で15,000個を売り上げること」。このハードルをいかにして超えるか。ドリプロの真価が問われていた。
「せっかくいい商品を作っても使われなければ何の意味もありません。近年ユーザーの価値観は“モノ”から“コト”へとシフトしています。デンソーは“モノづくり”の会社ではありますが、単に製品としての良さにフォーカスするだけでは女性には響かない。商品によって得られる経験価値を生み出すこと、つまり“コトづくり”でmoinaの価値を知っていただこうと考えました。今までデンソーが手掛けたことのない、女性だからこそできる“コトづくり”として、ハンドマッサージ体験会を企画。お客様と対面で接する中で喜びを感動体験として共有し、サプライズを感じていただく。その上で、moinaの効果を積極的にアピールしました」。(池部さん)
moinaの効果をPRするために行ったハンドマッサージ体験会の様子。
ハンドマッサージを効果的に行うことで肌の色がワントーン明るくなることを実際に体験してもらった。この喜びの体験がユーザーの購買意欲をかきたてた。
15,000人の社員を抱える刈谷本社には、1日4~5,000人が利用する売店があり、また県内各地には製作所もある。デンソーという会社が、ドリプロにとっての最初のマーケットになった。まずは、身近なところから認知度を上げていこうと社内でPR活動を開始。次にグループ会社、その次に近隣の自治体イベントなどへの出展と、少しずつマーケットを拡大した。2017年11月からは、より多くの方の手に届くようにとAmazonでの取扱いもスタートした。
数々の苦悩を重ねたドリプロだが、足繁くイベントに出向くことで、半年で15,000個という販売目標をクリア。次第に商品の認知度が上がっていく中、販売2年目には「使ってよかったので、また買いに来ました」、「昨年買って以来、ずっと愛用しています」などの声が直接ユーザーから寄せられるようになった。そうした声に背中を押されるようにして、土日も厭わずまた新たなイベントに出向く。そんな日々が続いた。
女性らしい感性を生かした細やかな仕掛けやこだわりが多くの女性の共感を集める
化粧品の口コミサイトやAmazonのカスタマーレビューには、驚くほどの高評価とユーザーの熱烈な声が並んでいる。moinaがこれほど強くユーザーの心をとらえる理由は、一体どこにあるのだろう。ユーザーの声を丹念に紐解くと、moinaの魅力が見えてくる。
高い保湿力と使用感の良さは当然のことながら、思わずSNSでシェアしたくなるような女心に刺さるパッケージや、アロマセラピーのような癒し効果が得られると評判の香りが女性のハートを引きつけていた。女性の手になじむサイズ感と丸みを帯びたフォルムが特徴の容器は、ふたを開け閉めするたびに、チャームやラインストーンがキラキラ輝きながらシャラシャラと小気味よい音を立てて揺れ動く。また、ハンドクリームを塗った手を動かすたび、カモミールとゼラニウムの心地よい香りがふわりと漂い、ほどよく持続する。
使うことで自然と気分が華やぐような細やかな仕掛けやこだわりを詰めこんだ“モノづくり”が多くの女性の共感を集めた。一度購入したユーザーが、二度、三度とリピートするのは、手肌の保湿やケアのために限らず、リラックスできるお気に入りアイテムとしていつでもどこでも使えるようにといくつも常備するからだ。また、近年拡大傾向にあった身近な人や友人へ贈るカジュアルギフトとしての需要も追い風となった。
シーンに応じて使い分けできるように、容器の大きさや形にもバリエーションを持たせた。左から、moina UVクリーム50g(2,300円)、moinaチューブ50g(1700円)、moinaチューブ20g(900円)、moinaジャー30g(1700円)、moinaポンプ420g(10,900円)。すべて税込。
ヒット商品とともに誕生した、次世代の女性リーダー
販売累計93,000個というヒット商品を生み出した原動力。それは、「化粧品のブランディング」という未知の領域に、ひるむことなく挑んだドリプロメンバーたちの「アイデア」と「行動力」に他ならない。
発売開始から半年間(2014年11月~2015年4月)で15,000個を完売、その後も着実に売り上げを伸ばし、発売開始から丸3年で累計93,000個を記録した。
「製造業界特有の『女性はアシスタント職』というイメージが根強く残る職場にあって、女性によるプロジェクトは前例がなく、女性同士で意見を交わしてひとつの課題に取り組むこともこれが初めて。このプロジェクトは、社内に良い影響を広げてくれたと思います」(河合さん)
「また、デンソーのようなBtoB で活動する企業は、業界内はともかく、生活者の認知度が低いものですが、moinaが誕生したことで多くの方にデンソーを知っていただくことができました」(黒木さん)
社員の女性比率がわずか12~3%という男社会の企業風土に、風穴を開けたドリプロ。moinaの成功が評価され、社内の女性を横断する初の組織「moinaプロジェクト(通称mプロ)」の誕生につながった。
彼女たちの成果が、デンソーにもたらした功績は大きく、平成27年度、トヨタ系企業としては初となる「新・ダイバーシティ経営企業100選」(経済産業大臣表彰)に選定されることに。さらにこの活動が女性社員のモチベーションを高め、スキルアップを促したことが評価され、女性社員のワークスタイルに変革をもたらした。
ドリームプロジェクトが進化して誕生したmoinaプロジェクトのメンバー。
大きな成功体験を積むと、長らくその高揚感に酔いがちになるものだが、ドリプロのメンバーたちは至って冷静だ。あれほど情熱的に取り組んだmoinaの成功体験も、彼女たちにとってはすでに過去のものになりつつある。
「ドリプロ、mプロのメンバーは、化粧品のブランディングという経験を通じて、さまざまなノウハウを身に付けながら大きく成長しました。しかし、moinaの成功はドリプロのゴールではありません。moinaは、いわば私たちが自分らしく輝ける場所ややりたいことを手に入れるためのツール。この成功体験が、自分の強みを生かして活躍したいと思う女性のロールモデルになればステキですね」(池部さん)
新たな価値の創造に向けてチャレンジを続けるデンソーの次世代女性リーダーたち。次はどんなサプライズを見せてくれるのだろうか。
提供:株式会社デンソー https://www.denso.com/jp/ja/