Special Reprt

第13回

業界を牽引する企業がめざすのは、

働き方のロールモデルを増やすこと

サイバーエージェント(東京・渋谷区)

1998年にスタートした株式会社サイバーエージェントは、変化の激しいインターネット業界で日本を代表する企業として業界全体を牽引しています。その社内ではワーキングマザーが産休中の人も含めて約150人。また女性社員のうち約2割はママ社員です。2014年には「マカロンパッケージ」という制度を作り、ママ社員だけでなく育児中の男性や、妊活を考える社員がより良いライフスタイルを実現するための手立てを実践しています。今回は、2015年に著書『ワーク・ライフ・セルフの時代』で、“WORK(仕事)とLIFE(家庭)だけではなく、SELF(個)を大切にした女性の働き方”を提案し、現代のワーキングマザーを代表するビジネスパーソンとして注目を集めるサイバーエージェント執行役員の石田裕子さんに、これまでのキャリアとサイバーエージェントでの働き方についてお話を伺いました。

石田裕子さんは2004年にサイバーエージェントに入社。現在、執行役員兼インターネット広告事業本部人事部長を務める

本人の意思表示で誰もがチャレンジできる社風

石田さんが新卒でサイバーエージェントに入社したのは2004年。そのキャリアはインターネット広告事業の営業からスタートした。スタート当初から業務内容にとらわれることなく「いち早く実績を出してやろう。自分にしかできない価値をお客さんに提供していこう」と仕事を続けたそうだ。入社3年目にはリーダー職、翌年には局長というポジションに就くことになった。

「サイバーエージェントでは入社の年度などは関係ないですね。やる気、本人の意思表明、それを本当に大切にしています。経験やスキルももちろん重要ですが、たとえ1年目でもやる気があればチャンスがもらえます。それは男女関係なく。早い人だと入社1年目にマネジメント職に就く人もいますし、最近の事例としては入社と同時に子会社の社長に抜擢されることもあります」

子会社社長としての挑戦

 そして営業職として7年半を過ごしたのち、『Ameba』のスマートフォン向けサービスのプロデューサーとして異動。これまで取引先への広告営業だったところから、ユーザー向けサービスの企画へと大きなキャリアチェンジをした。

そんなある日、石田さんは社長に呼び出される。そこで「パシャオクを子会社化するので社長をやってほしい」と告げられたスマートフォン事業強化のため、当時サイバーエージェントでは多数のスマートフォンサービスを立ち上げており、その一つであるスマホ向けオークションサービス『パシャオク』。オークションサービスはサイバーエージェント内でも成功事例のない分野であり、子会社として切り出すことで機動力を高め、本格的に市場に乗り出すことになったのだ。

「一瞬悩んだんですけど、その場で『はい』と答えました」。こうして石田さんは31歳で社長としての新たな挑戦をすることになった。当時PCではすでに大手のオークションサービスがあり、時代的にスマホに移行するタイミングだと踏んで「パシャオク」を本格的にスタートすることになったのだ。何をすれば他のサービスに負けずにより多くの人が使うサービスになるのか、この時期は最後まで思考錯誤する日々が続いたそうだ。

『パシャオク』について語る石田さん。「当時は難しさしかなかったです。それまでやってきた営業としてのスキルやナレッジ、なんとなくのコツとして掴んでいた方程式みたいなものが一切通じなくなった時に、本当に苦しかったですね。苦しい記憶しかないですね」

さらに子会社化する前からサービスはスタートしており、それまでの『パシャオク』の運営グループに石田さんが加わっての子会社化だった。いわばオークションサービスの運営経験がないのは石田さんだけの状態だったのだ。インターネットサービス開発の分野はエンジニア、デザイナー、ディレクターと複数の職種の人たちが関わるが、特にエンジニアやデザイナーはまだまだ男性が多い印象だ。年齢も石田さんより年上の人が多数在籍していた。その点はどうだったのだろうか。

「若くして抜擢する文化も男女問わずありますし、そういう意味だと異性の、年上の男性をマネジメントする立場というのも営業の頃から経験はありました。だからそこに苦手意識もないですし、社内でも拒絶反応を示す人はいないですが、なにせ私の場合はメディアサービスの運営経験に乏しい。最初からうまくいったわけではないですね。社長だからと気張らずに、分からないところは分からないと素直に言い、周囲に聞くようにしていました」

2回の社長経験と子育てから学ぶこと

『パシャオク』社長時代、2014年に石田さんは2人目の出産を経験し産休に入った。その直後、担当役員から電話が入り会社の方針で『パシャオク』のクローズが決まったことを知らされた。同時に新サービスの子会社化とその社長就任を打診されたのだ。

「最初は前回の様には即答できなかったですね。産休中であることが理由ではなくて、その時点ではまだ『パシャオク』の社長だったので、サービスをクローズするにしても、会社のメンバーの異動先が決まるまで自分の次の道は考えられないというのがありました。だから『パシャオク』のサービス終了、会社の解散、メンバーの新たな配置などしっかりとロードマップを敷いて、産休からの復帰と同時に会社の解散手続きと新会社の設立準備にとりかかりました」

新たな挑戦となる新会社は女性、とくにママ向けのクラウドソーシングサービス「Woman &  Crowd」の展開だった。場所や時間を選ばずに案件ごとに企業とマッチングし、仕事が受けられるクラウドソーシングサービスは、子育て中の女性と相性の良いサービスと言える。

「当社が運営するAmebaは女性の利用者が多く、ブログを主に一定数のユーザーがいます。こういった方をクラウドワーカーとして、そこにインターネットを介して企業からの仕事の受注を広げていくのはそこまで難しくないと感じました。ただ、顔の見えない相手とのやりとりになるので、『この仕事は本当に大丈夫かな』とか『ちゃんと報酬は支払われるのかな』と、精神的な不安を取り除くところからスタートしました」

しかし、「Woman & Crowd」は2016年9月でサービスを終了することになる。

「時代にはマッチしていると感じて、私自身手応えを感じてきているところでしたが、会社としてはマーケットがまだ大きくないとの判断でした。ある程度の市場規模になるのはもう少し先だろうと。ずるずると事業を続けるのではなく、そのリソースを時々で最適配置していくのは全体の組織戦略でもあります。これも当社の一つのよい文化かなとも思います」

この時期、2つの会社の社長、2人の子どもの出産と育児を同時に経験し、子育てでの発見や学びが仕事とリンクしていることを感じたそうだ。

「子育てから学ぶことが意外に多いんですよ。マネジメントをするうえで、育児をする中での経験や気づきが活きているなと感じます。同じ両親から生まれた姉弟でも、それぞれ生まれ持った個性は異なるし、その個性に合わせた教え方や叱り方を工夫しなければいけない。また、ものの伝え方や楽しみ方の引き出し方、能力の引き出し方はそれぞれに異なったアプローチが必要です。仕事での経験が育児にも活かされているし、その逆もしかり。そこは母親になって成長したことかもしれません」

個別対応だけではなく仕組みに落としていく

そして現在、石田さんはどういった業務に取り組み、サイバーエージェントとそこでの働き方をどのようにとらえているのだろうか。

「現在はインターネット広告事業の人事責任者という立場で、採用や人材育成、社員が力を発揮できる環境づくりに取り組んでいます。

性別、国籍、年齢を問わず多くの社員が働いているオフィスフロア。現在、石田さんはインターネット広告事業本部・人事本部長として多様な人材をまとめていく立場にある。「サイバーエージェントでは年齢、男女の別、国籍などの違いはいい意味で意識していません。きちんと企業文化とビジョンを共有できていればそれぞれの個性や良い部分を引き立たせることで個人が力を発揮し、チームとして大きな成果を出せるようにすることが私の役目だと思います」と石田さん

石田さん自身も、本人の意思を尊重する社風に支えられてキャリアを積み重ねてきたそうだ。その中で、実際に自分がその文化を作ってく立場になることに不安や過度の責任を感じることはないのだろうか。

「もちろん責任は大きいと思います。ただ、いわゆる人事というより、皆と一緒にその事業を作っていく、事業がさらに成長するために必要なすべての機能をつくるというのが私のミッションなのでみんなと一緒に取り組んでいるという意識が強く、プレッシャーは感じていません」

では今後、どういった仕事の環境を作っていこうとしているのだろうか。

「私自身もこれまで様々な経験をさせてもらい、いろいろなライフステージを経て今があるので、その時々でつまずく場面やフェーズが実体験としてわかっています。そこで大切なのは、適切なタイミングでしっかりと対話したり、メンバーのハードルを取り除く仕組みをつくったりすることだと感じています。事業部の所属社員は600名と非常に多いので、個別対応ではなく、データを見ながら『このタイミングで悩む人が多いからこういった手を打とう』といった形で、仕組みで対応していくことができればと思っています。もちろん、その仕組みは単純にAIで構築するといったものではなくて、相性や価値観、感覚といった属人的なものを大切にしながら仕組み化することが必要です。すでに活躍人材の要素を細かく定義し、プログラム化することで人材の早期育成・さらなるスキルアップにつなげるという取り組みも開始しました」

 これからの世代のためのロールモデルを増やしていく

ママ社員同士で情報交換・相談できるよう、同じ市区町村に住むママ社員(妊娠中のプレママ社員・産休育休中のママ社員も含む)が集まるランチ代を会社が補助

最後に女性が働きやすい組織、環境について石田さんがどのような考えを持っているのか聞いてみた。
「サイバーエージェントでは『マカロンパッケージ』(8つの制度をパッケージ化した女性活躍の制度)といった制度を導入しており、実際にこの制度を利用して活躍するママ社員、女性社員も多い状況です。こういった制度面を含む環境構築などの組織的な施策は絶対に必要だといううえで感じているのは、結婚・出産前の女性社員のことを真剣に考えていかなければならないということです。20~30歳前後の女性は先輩社員のことをよく見ています。「この会社は出産しても仕事のしやすい会社だな」とか、『自分にあの人みたいな働き方は無理かもしれない』といった具合です。そこで“難しそうだ”や“辛そうだ”と思ったら、結婚前から仕事に対して少しずつ消極的になってしまいます。だからこそ、組織としては彼女たちがそのライフステージに立つ前に、中長期的な視点で将来的にこうなりたいというロールモデルの選択肢を増やしてあげることが重要だと思います」

 

 

 

 

 

(Report 山崎テツロウ)

株式会社サイバーエージェント(CyberAgent, Inc.)
設立:1998年3月18日
主な事業内容:メディア事業、インターネット広告事業、ゲーム事業、投資育成事業
本社所在地:東京都渋谷区道玄坂一丁目12番1号
https://www.cyberagent.co.jp/